カストロ前議長(キューバ革命の父)の死因はがん?ギネス記録がスゴイ!

%e3%83%95%e3%82%a3%e3%83%87%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ad_-_wikipedia

出典:Wikipedia

 

こんにちは、まちりです♩

 

今日は午前中は仕事だったんですが、午後はお休みをもらいのんびりしています!

 

たまには、午前だけ仕事をするのもいいものですね〜。

 

優雅に1人ランチをして帰ってきました!

 

最近のランチって、ドリンクにワインが付いてきたりするんですね!

 

今日は奮発して、スパークリングワインを頼んじゃいました♩

 

これで、来週からまた仕事を頑張れます!!

 

さて、先ほどニュース速報が届きましたが、キューバのカストロ前議長が亡くなったそうです。

 

引退してからこれまで、何度も死亡説が流れましたが、今度は本当ですね。

 

死因ついてい調べてみました。

スポンサーリンク

カストロ前議長のプロフィール

 

フィデル・アレハンドロ・カストロ・ルス(Fidel Alejandro Castro Ruz )

生年月日:1926年8月13日 – 2016年11月25日)

職業:キューバの政治家、革命家、軍人、弁護士

 

社会主義者で、1959年のキューバ革命でアメリカ合衆国の事実上の傀儡政権であったフルヘンシオ・バティスタ政権を武力で倒し、キューバを社会主義国家に変えた。革命によって同国の最高指導者となり、首相に就任。1965年から2011年までキューバ共産党中央委員会第一書記を、1976年より2008年まで国家評議会議長(国家元首)兼閣僚評議会議長(首相)を務めた。

 

出典:Wikipedia

 

キューバ革命の父といわれたカストロ前議長。

 

キューバの歴史の一説が終わったような感じがします・・・。

 

そして、アメリカとの国交が回復したのは、本当にぎりぎりのタイミングだったんですね!

 

 

カストロ前議長の死因は?

 

カストロ前議長はこれまで、何度も手術を受けられていたようです。

 

2006年には「腸に急性の問題が発生し、出血が続いているため外科手術を受けた」ことを明らかにしています。

 

2008年に引退した後も、健康悪化説や死亡説が度々出ていました。

 

2006年にがんが見つかり、闘病生活を送りながら、必要な時は手術を受けて過されていたのではないかと思います。

 

その間もずっと、キューバの現最高指導者で弟のラウル・カストロ氏に、求められれば助言をされていたそうですね。

スポンサーリンク

ギネス記録がスゴイ!

 

カストロ前議長のことを調べていて驚いたことがあります。

 

それは、「暗殺されそうになった回数が最も多い人物」という記録です!

 

その数は、なんと638回です。

 

キューバ革命の父と言われたカストロ前議長、それだけ国へ与えた影響が大きい人物ということですが、これだけ暗殺されそうになって、よく90歳まで生きることが出来ましたね。

 

これは、「フィデル・カストロ暗殺未遂事件」として、Wikipediaにもギネスにものっているようです。

 

 

まとめ

 

カストロ前議長は、キューバに多大なる影響を与えた人物だということを改めて感じました。

 

そして、638回も暗殺さえそうになりながらも、90歳まで生きることができたのは、国を良くしようという思いがあったからかもしれませんね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

スポンサーリンク

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)